― タイとアメリカの駐在経験から考える2段階モデル ―
海外拠点に技術部門をつくり、現地技術者を採用し、評価設備を導入する。
それだけで、海外の技術組織は「自立した」と言えるのでしょうか。
私は2015年から2019年までタイに駐在し、ASEAN地域で材料技術・製品評価を担う技術機能の立ち上げに携わりました。
そして2026年からはアメリカに駐在し、材料技術部門のマネジメントと組織機能の強化に取り組んでいます。
二つの海外駐在を経験する中で、私自身が考えるようになったのが、
「海外技術組織の自立化には、少なくとも二つの段階があるのではないか」
ということです。
2026年8月、日本技術士会金属部会で「海外技術組織の立ち上げと現地技術力の構築」というテーマで講演する機会をいただきました。
その講演では、この二段階の全体像を示したうえで、主にタイ駐在で取り組んだ「実務レベルの自立化」について紹介しました。
今回はその内容をもとに、私が考える「海外技術組織の自立化」について整理してみたいと思います。
海外技術組織の自立化を二つの段階で考える
私は、海外技術組織の自立化を次の二段階で考えています。
Stage 1 実務レベルの自立化
現地技術者が、担当する業務について主体的に技術判断できる状態
です。
例えば、
- 材料や製品を評価する
- 評価結果を考察する
- 品質問題の原因を分析する
- 技術的な判断を行う
- 関係部門と相談しながら対応を進める
といった実務を、駐在員や日本本社に一つひとつ確認しなくても現地で進められる状態です。
Stage 2 マネジメントレベルの自立化
その次にあるのが、
現地管理者が方針・計画・進捗管理を担い、組織として成果を生み出せる状態
です。
個々の技術者が仕事をできることと、組織そのものを運営できることは同じではありません。
技術者が十分に育っていても、
「今年、何に取り組むのか」
「どの仕事を優先するのか」
「限られた人員をどう配置するのか」
「日本本社と何を分担するのか」
といったことを、すべて日本人駐在員が決めているのであれば、マネジメントという意味ではまだ自立していません。
私は、タイ駐在では主にStage 1の「実務レベルの自立化」に取り組みました。
現在のアメリカ駐在では、その先にあるStage 2の「マネジメントレベルの自立化」に取り組んでいます。
タイで取り組んだ「実務レベルの自立化」
タイで技術部門を立ち上げた当初、当然ながら最初から現地で何でも判断できたわけではありません。
人も必要です。
設備も必要です。
仕事のやり方も必要です。
しかし、振り返ってみると、それぞれを個別に整えるだけでは十分ではなかったと感じています。
私が重要だったと考えているのは、
「組織」「人材」「評価環境」の三つを一体で整えること
でした。
1.組織 ― 何を担う技術部門なのか
まず必要なのは、そもそも、
「この技術部門は何のために存在するのか」
を明確にすることです。
材料技術部門だから材料を評価する。
評価設備があるから試験をする。
それだけでは、事業に貢献する技術組織にはなりません。
私たちが目指したのは、単なる「評価部門」ではなく、
材料技術を使って現地事業の課題を解決する組織
でした。
例えば、
- 現地材料を評価し、量産への適用につなげる
- 材料変更やサプライヤー変更によってコスト低減につなげる
- 品質問題について材料面から原因を解析し、対策につなげる
といった仕事です。
そのためには、材料技術部門だけで仕事を完結させるのではなく、設計、調達、品質、製造など、他部門との連携が欠かせません。
「何を評価するか」から考えるのではなく、
「現地事業の課題は何か。そのために材料技術で何ができるか」
から仕事を考える。
これは、現在でも私が技術組織を考える際に大切にしている視点です。
2.人材 ― 「できない」のではなく、経験する機会が少ない
海外で現地技術者を育成していると、
「なかなか自分で判断してくれない」
と感じることがあります。
私自身も最初はそう感じる場面がありました。
しかし、タイで現地技術者と一緒に仕事をする中で、考え方が変わりました。
現地技術者は「できない」のではなく、経験と判断基準を学ぶ機会が少ないだけではないか。
そう考えるようになりました。
そこで、できるだけ実際の仕事を経験してもらうことを重視しました。
サプライヤーを訪問するときも同行してもらう。
問題が起きた現場にも一緒に行く。
評価だけでなく、その結果をどう考察したのかを説明してもらう。
そして経験したことを報告書などの形で言語化する。
言語化することで本人の理解が深まります。
同時に、その経験は個人だけのものではなく、組織の知識として残ります。
これは、海外拠点では特に重要だと思っています。
人が異動したり退職したりしても、そこで得た技術や経験がすべて失われない仕組みを作る必要があるからです。
3.評価環境 ― 設備を導入するだけでは技術移管にならない
三つ目が「評価環境」です。
現地で技術判断をするためには、その判断の根拠となるデータが必要です。
そのため、必要な評価設備を導入し、現地で基礎的な評価を行える環境を整えていきました。
しかし、設備を購入するだけでは現地自立化にはつながりません。
重要なのは、
設備・技術移管・標準や判断基準を一体で整えること
です。
設備があっても、評価方法が分からなければ使えません。
評価方法が分かっても、その結果をどう考察するのかが分からなければ技術判断はできません。
さらに、誰が評価しても一定の考え方で判断できるようにするためには、標準や判断基準も必要です。
つまり、
「測定できる」
ことと、
「判断できる」
ことは違います。
私が目指したのは、評価設備を持つ海外拠点ではなく、
現地で評価し、考察し、技術判断できる海外拠点
でした。
「人を育てる」だけでは現地自立化にならない
タイでの取り組みを振り返ると、最も大きな学びの一つがここにあります。
海外技術組織の自立化というと、
「現地人材を育成する」
という話になりがちです。
もちろん人材育成は重要です。
しかし、優秀な技術者を採用し、教育するだけでは十分ではありません。
何を担う組織なのかが明確でなければ、能力を発揮する方向が定まりません。
評価する環境や判断基準がなければ、技術者本人に能力があっても判断できません。
だからこそ、
組織が方向を定め、人材が実行し、評価環境が技術判断を支える。
この三つが揃って初めて、実務レベルでの自立化に近づいていくのだと思います。
タイ駐在の後半には、すべてを日本人駐在員が判断する状態から、現地技術者がまず自分たちで評価・考察し、一次判断する場面が増えていきました。
日本に依頼していた業務の一部も、現地主体で進められるようになりました。
私にとっての「実務レベルの自立化」とは、こうした状態の変化です。
そして今、アメリカで考えている「次の自立化」
タイで実務レベルの自立化に取り組んだ経験から、次の問いが生まれました。
現地技術者が自分で仕事をできるようになった、その先はどうするのか。
組織の方針を誰が決めるのか。
年間の活動計画を誰が作るのか。
進捗を誰が管理するのか。
メンバーを誰が育成するのか。
日本本社との役割分担を誰が考えるのか。
ここまで現地で担えるようになって初めて、組織そのものが自立していくのではないか。
現在のアメリカ駐在では、材料技術部門の方針や役割の明確化、現地管理者の育成、組織機能の強化、日本との役割分担などに取り組んでいます。
これは現在進行形の取り組みです。
そのため、まだ「こうすれば成功する」と結論を書く段階ではありません。
これからの駐在期間を通じて、
実務の自立から、マネジメントの自立へ
という第二段階について、実践しながら考えていきたいと思っています。
自立化とは「日本との関係をなくすこと」ではない
最後に、一つ付け加えておきたいことがあります。
私は、海外拠点の自立化とは、
「日本人駐在員をゼロにすること」
でも、
「日本本社に相談しなくなること」
でもないと考えています。
海外拠点と日本には、それぞれが持つ知識、経験、設備、人材があります。
すべてを海外拠点だけで抱える必要はありません。
重要なのは、
現地で判断すべきことは現地で判断できること。
そして、日本と連携すべきことは適切に連携できること。
ではないでしょうか。
日本への「依存」と、日本との「連携」は違います。
海外拠点の自立化とは、日本との関係を切ることではなく、互いの役割を明確にしながら、現地自身が主体となって事業課題を解決できる状態を作ることだと考えています。
技術を教えるだけでなく、その土地に「判断力」を残す
タイでの4年間を振り返ると、海外技術組織づくりで本当に残したかったものは、評価設備でも、技術資料でもなかったように思います。
もちろん、それらも必要です。
しかし最も重要なのは、
現地の技術者が自分たちで考え、判断し、次の行動を起こせる状態を残すこと
だったのではないかと思っています。
技術を通じて人を育てる。
人を通じて組織を育てる。
そして、その土地に技術判断できる力を残す。
それが、私が海外技術組織の「自立化」というテーマについて考える原点です。
今後このブログでは、
Stage 1:実務レベルの自立化
と、
Stage 2:マネジメントレベルの自立化
という二つの視点から、海外技術組織づくりについて具体的に整理していきたいと思います。
タイで実際に行ったこと、うまくいったこと、うまくいかなかったこと。
そして、現在アメリカで試行錯誤していること。
それらを一つずつ振り返りながら、
「駐在員が帰任した後にも、技術判断できる組織を現地にどう残すのか」
について考えていきます。
海外技術組織づくりについて
海外拠点の技術組織づくり、現地技術者の育成、現地自立化について、同じような課題や経験をお持ちの方がいらっしゃれば、ぜひご意見をお聞かせください。
また、本テーマに関する意見交換や講演などについても、お問い合わせフォームからご連絡いただければ幸いです。

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