1. はじめに:移動距離は「思考」と「疲労」に比例する
「移動距離は、思考の深さに比例する」。いつかどこかで聞いたその美しい格言は、40代も後半に差し掛かると、少し違った意味を帯びてくる。悲しいかな、移動距離はまず間違いなく「翌日の疲労」に比例する。
2025年。私は技術士としての専門性と、材料開発マネジャーとしての職責を背負い、アジアの製造拠点を渡り歩いた。 中国の巨大な工場、インドの圧倒的な活気、ベトナム、インドネシア、そして古巣タイ。5回の海外出張でパスポートのスタンプが増えるたび、正直に言って身体に鉛のような疲れが蓄積していった。
時差、湿度の高い気候、そして言語の壁。 Web会議システムがこれほど発達し、DX(デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれる現代において、なぜわざわざコストを掛けて体力を削ってまで、47歳のマネジャーが「現地」へ赴く必要があるのか。
結論から言えば、その答えは明確で、4Kの高精細モニター越しでは決して嗅げない「現場の匂い」や、マイクが拾いきれない「現場の熱気」。それを肌感覚として取り込むことこそが、技術者としての私の「人的資本」を更新する、代替不可能な手段だと考えたから。
泥臭く、しかし確かな手応えを感じた2025年のアジア行脚。 これから北米という新たな機会に臨む前に、現場で感じた「アジア製造業の現在地」と、国境を越えて人を育てる「越境OJT」の記録を、ここに備忘録として残しておきたい。

2. 2025年海外出張全記録:国境を越えた「現場」の軌跡
技術士としての知見を広げ、人的資本を蓄積するために費やした「移動と現場」の全記録。振り返れば、2025年は自身の専門性を発揮する「工程確認(監査)」と、次世代を育てる「人材育成(指導)」に明け暮れた一年だった。
ここからは、私が駆け抜けた5回の遠征と、その裏で仕掛けていた「ある試み」について記していく。

【出張#1】 ASEAN 3ヶ国・工程確認行脚
期間: 2025年3月10日〜18日(9日間) 訪問国: インドネシア🇮🇩、タイ🇹🇭、ベトナム🇻🇳
年度末の繁忙期。次期モデル立ち上げに向けたサプライチェーン総点検と、新規開拓を兼ねた強行軍。 ジャカルタの渋滞に巻き込まれ、バンコクの湿気に汗を流し、最後はホーチミンの活気に圧倒される。9日間で3ヶ国というスケジュールは、40代の体力には堪えるものがあったが、その分、収穫も大きい。
ポイントは、インドネシアの工程確認において、タイ法人の技術者を同行させたこと。単なる通訳としてではない。「ASEANの技術マザー拠点」としての自覚を促すため、自国だけでなく隣国のプロセスを実地で見せて比較させる。これが、今年一貫して行うことになる「越境OJT」の始まり。
【出張#2】 「世界の工場」中国と、追うASEAN
期間: 2025年6月19日〜28日(10日間) 訪問国: 中国🇨🇳、ベトナム🇻🇳、タイ🇹🇭
6月は、「規模」の中国と、「成長」のベトナムを同じ週に見る貴重な機会。上海近郊のサプライヤーで見たラインの規模とスピードは圧巻の一言。かつて日本のモノづくりが持っていた「ハングリー精神」が、今はそこにあるように感じられた。
その足で向かったベトナムでは、前回に続きタイ法人の技術者を同行。今回は、なぜそこを改善すべきか、最適解は何かというサプライヤーとの議論の最前線に、自分自身が立つ。中国の凄みと、ベトナムの若さ。その両極端な環境下で、マネジメント責任を持つ私がどのように議論をリードし、量産レベルまで工程を仕上げていくか。その背中を見せることで、彼女たちに改善のプロセスを学んでもらう機会とした。
【出張#3】 インド弾丸・「熱量」との対話
期間: 2025年8月19日〜22日(4日間) 訪問国: インド🇮🇳
実質稼働日は短いが、最もエネルギーを要したのがこのインド出張。まずはムンバイ近郊のサプライヤー1社を訪問し、インド人技術者と共に工程確認を行う。彼らが今後メインで付き合うことになる現場である。その後、バンガロールの自社拠点へ移動し、育成計画についてのミーティングを実施。インド人は議論好きという印象があるが、やはり議論は尽きない。私の考える育成方針や計画を、時間をかけて丁寧に伝え、理解してもらう。現地の優秀なエンジニアたちと、ロジックと情熱を共有する時間は、カレーのスパイス以上に刺激的。彼らの仕事への熱量は、成長市場特有の輝きを放っている。
【出張#4】 最長ロード・異色の「第三国研修」
期間: 2025年9月21日〜10月7日(17日間) 訪問国: ベトナム🇻🇳、タイ🇹🇭、インドネシア🇮🇩
3週間弱に及ぶ長期遠征。ここでのハイライトは、インドネシアでの工程確認に、あえてインド法人の技術者を帯同させたこと。「なぜインドネシアにインド人を?」と思われるかもしれない。もちろん、インドネシアの工程が全てにおいて優れているわけではない。 狙いは「比較」にある。同じ製品を作る工程でも、拠点が変わればアプローチは異なる。自国の現場しか知らない彼らに、あえて別の景色を見せることで、「インドの常識」を相対化し、多角的な視点で自国のプロセスを捉え直すきっかけを作りたかった。これは会議室では得られない、貴重な気づきの機会。
【イベント#5】 日本招聘・「暗黙知」の共有
期間: 2025年11月(日本国内)
これは出張ではないが、一連の取り組みの中で欠かせないピース。タイとインドのキーマン技術者を日本のマザー拠点へ呼び寄せた。座学だけではない。実際の製品製造ラインを見せ、材料評価の実技を丁寧に指導する。2026年以降の「現地自立化」を見据えて、マニュアルには書けない日本の現場特有の空気感やノウハウ(暗黙知)を、彼らと共有する時間を設けた。
【出張#6】 年末の仕上げ・育成の結実
期間: 2025年12月8日〜19日(12日間) 訪問国: ベトナム🇻🇳、タイ🇹🇭
2025年の総決算。前半のベトナムでは、量産可否(Go/No-Go)を判定する緊迫したトライに立ち会う。今回ばかりは教育の場ではない。技術マネジャーとして、なんとしてもやり切るという覚悟で現場に入り込み、データ解析と改善のサイクルを回し続けた。泥臭い粘りの末、無事にGo判定を勝ち取る。
後半のタイでは、種まきの成果を確認。まず「評価スキル」については、計4回の技術支援を経て、概ね日本と同じレベルのデータを出せるまで向上していた。また「工程確認スキル」についても、他国(インドネシア・ベトナム)の現場を見た経験から、単に良し悪しを見るだけでなく、比較視点を持って製造工程を評価できるレベルに達しつつある。 一年間の「連れ回し」が、確かな技術力として実を結んだ瞬間。
3. 【コラム】なぜ、彼らを国境の外へ連れ出すのか? ──「現場」の相対化

2025年の出張において、私は意図的に「人を混ぜる」ことにコストとエネルギーを割いた。タイの技術者をベトナムやインドネシアへ同行させ、インドの技術者をインドネシアの工場へ連れ出す。そして11月には、彼ら全員を日本のマザー拠点へ呼び寄せた。
単なる通訳や荷物持ちとしてではない。彼らをあえて「自国以外の現場」に立たせたのには、技術マネジメント上の明確な意図がある。それは、彼らの中に「相対的な基準(ものさし)」を作ること。
特定の工場、特定の国に長く留まると、エンジニアはどうしても「自社の常識」が「世界の常識」だと錯覚し始める。 「ウチの設備は古いから仕方ない」「この国はワーカーの気質が違うから、日本のような品質管理は難しい」 そうした「固定観念」が組織に定着してしまうと、いくらWeb会議で指示を出しても現場は変わらない。
現状を打破するのに効果的な手段の一つが、説得ではなく、「隣国の事実」を見せることだと考える。「ベトナムの立ち上げスピードを見て、どう感じるか?」「インドネシアの現場では、同じアジアでなぜここまで標準化できているのか?」「日本のマザー工場にある「暗黙知」とは何か?」。異なる現場(コンテキスト)に身を置くことで、彼らは初めて鏡を見るように「自分たちの現在地」を客観視できる。
優劣を競わせるのではない。比較対象を持つことで、自らの現場を「相対化」させること。これこそが、私の狙いだった。
実際、その効果は少しずつ、しかし着実に表れている。最初は戸惑っていた彼らも、他国の現場と比較することで、「自分たちの強み」と「足りないもの」を言語化できるようになった。
比較対象を持つこと。それが「改善」への渇望を生む。私が2025年に費やした膨大な移動エネルギーとコストは、単なる経費ではなく、彼らの視座を高めるための「人的資本への投資」だったと確信している。
4. 結び:そして、北米へ
2025年の一連の活動で、アジアの現場には必要な「視点」を残せたと思う。あとは、彼らが自ら考え、成長していってくれると信じている。
2026年7月、私はこの経験を持って北米へ赴任する。国や文化が違っても、技術マネジメントの要諦は変わらないと考えている。
現場に足を運び、現物を見て、事実に基づいて判断する。Web会議が当たり前の時代だからこそ、この「三現主義」という基本動作を、次の場所でも淡々と続けていく。

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